株式会社美少女組!

ショートショート 暴走事務員SOS!
 真夏にしては珍しく気温、湿度とも低い、爽やかな夕方のことだった。
 順調に仕事を終えた美少女組の面々。
 事務所に戻り、コーヒーや日本茶など、それぞれ好きなものを飲んでくつろいでいた時のことである。

 事務所の電話が鳴った。
 優雅に、しかし素早くワンコールで受話器を取ったのは、一人パソコンの前で社会保険料の計算をしていた空月さん。
「はい、美少女組です。あら、石田電器店の社長さん、こんにちは。はいはい。いえいえ、とんでもありません。こちらのほうこそ……」
「さてと」
 イチゴ牛乳のパックを、ストローでチュウチュウすすっていた明星さんが椅子から立ち上がり、大きく背伸びをした。
「そろそろ帰りますかね」
「オィース」
 だるそうな声で、皆も立ち上がる。
 三々五々、タオルをカバンにしまったり、鏡の前で簡単に前髪を直したりして帰り支度。
「じゃあ、みんな、今日もお疲れさま」
 明星さんがみなにそう声をかけたときである。電話を終えた空月さんが受話器を置き、静かに立ち上がった。
「あ、ちょっと待って」
「なーに、空ちゃん?」
 空月さんが誰に声をかけたのか不明だったので、明星さんが代表して返事した。
「いま、石田電器店の社長さんから電話があったのだけれど、至急VP五十ミリの塩ビパイプを五本と九十度のエルボーを八本、届けて欲しいらしいのよ」
「あら、今すぐ?」
「ええ。倉庫にあったかしら?」
「あるよ。こないだそのサイズで発注したのがまだ残ってるから」
 明星さんが即答する。
「わたしが届けるよ」
「お姉さまが行かれるのなら、わたしも」
 セイラさんも続く。
 一番下っ端の自分も、手をあげたほうがよいだろうか? そう思った粉雪の耳に、後ろから囁きかける声があった。
「石田電器店の社長さん、空月さんを息子に嫁に、って一生懸命だから、色々細かい仕事を持ってきてくれるのよ」
 そう教えてくれたのは、腰近くまで真っ直ぐ伸びた黒髪が美しい、粉雪と同じ年の藍ちゃんだった。
 日本人形のように艶々した黒髪の藍ちゃんは、瞳が蒼みがかっている。なんでもお祖父さんだか、お祖母さんだかが西洋人らしい。
 美少女組の名に恥じない綺麗な子。別にアイドルグループではないのだけど。
 その藍ちゃんが、蒼みがかった瞳をいたずらっぽく輝かせている。お人形のような見た目に反して、いたずらやゴシップ話が大好きなのだ。
「でも、うちって資材屋さんじゃないんだよね?」
 働き始めて間もない粉雪は聞いてみた。
「まあね。資材屋さんに注文すれば、もっと安いわけよ。でもね、だからこそ、そうやって中間マージンをこちらに取らせて、うちに恩を売ってるわけ」
 藍ちゃんの事情通ぶりに、粉雪は素直に感心した。
 空月さんは自分のロッカーから運動靴を取り出し、履いているパンプスと取り替えた。
「明星ちゃんもセイラちゃんも、もう上がって頂戴。今日の仕事は終わったんでしょ。たいした量じゃないし、私が行くわ」
「えっ!」
 明星さんとセイラさんの表情が強張ったのを、粉雪は見逃さなかった。
「で、でも、たいした残業にならないし、空ちゃんは事務の仕事まだ残ってるみたいだし……」
 明星さんの声は、心なしか震えているように感じる。
「いいのよ。朝からずっと表計算ばかりで、ちょっとクサクサしてたし、いい気分転換になるわ。それに、たまには私も向こうに顔を出してご挨拶したほうがいいでしょ」
「そ、それはそうかもしれないけど……」
 明星さんも、藍ちゃんと同じく石田電器店の真の目的は知っているらしい。
「あっ、でも」
 空月さんが、胸の前でパチンと両手の平を叩く。
「向こうで、誰もいなかったら、手が必要かもしれないわね。一人じゃ降ろせないもの。じゃあ」
 空月さんは、顔を引き攣らせている美少女組の面々を見回した。空月さんが、助手として指名したのは、美少女組の面々で、唯一事情を知らず、ボーとしていた人間だった。
「粉雪ちゃん。悪いけど私に付いてきてくれない?」
 皆の目が、粉雪に集中する。市場へ連れて行かれる子牛を見るような、憐憫の情がこもった視線。残業を命じられてかわいそう、とは何か違うような……。
「往復で四十分くらいだから。粉雪ちゃんは入ったばかりだし、石田電器店の社長さんにも、顔を知っておいて欲しいしね」

 会社の運搬用七百五十ccトラックに、石田電器店ご注文の塩化ビニールパイプが積み込まれた。
 空月さんの言ったとおり、たいした量じゃない。美少女組十一人全員でかかれば、一分とかからなかった。
 長さ四メートルの塩ビパイプは、長過ぎて、荷台に平行には乗せられない。
 前方に立てかけるよう、斜めにくくりつけられた。
 まるでロケット砲のようだ。
 明星さんが、塩ビパイプをロープで荷台に縛り付けた。普段なら二箇所を縛るだけだが、四箇所を縛り、さらに可愛らしい顔をしかめるほど力を込めて、いつも以上に絞り上げる。
「じゃあ、行こうか、粉雪ちゃん」
 空月さんに促され、助手席に乗る。不審な気配を感じなかったわけじゃない。いったいなぜ美少女組のみんなは、顔を強張らせているのだろう。
 普段は粉雪のことなど知ったこっちゃない、という風情のセイラさんまでも。
 空月さんが、トラックのエンジンをかけた。
 ゆっくりとバックし、一旦敷地内で切り返して、車を前に向ける。
「気をつけて」
 ウインドウ越しにそう言った明星さんの声が、えらく実感のこもったものに聞こえた。
 会社の倉庫から県道に出るまで、十メートルほど敷地内を走らねばならない。
 人が歩いてすら、距離というほどのものじゃない。車ならなおさらだ。
 車が前を向いた瞬間、粉雪はエンジン音が甲高くなるのを聞いた。
 自動車やバイクの免許を持たない粉雪は、車の仕組みはわからない。だけど、普通は発進の際、アイドリング状態と変わらぬそっとした出だしであることは知っている。
「ゴー!」
 これまで聞いたことのない嬌声が運転席から聞こえた瞬間、粉雪は頭部シートに後頭部を嫌というほど打ちつけた。
 タイヤと地面が摩擦する、悲鳴のようなスキール音。
 体が反動で前方に跳ね返り、シートベルトで胸が潰される。
 事故!?
 そう思った。
 正面のビルにぶつかりそうな勢いで車道に飛び出すトラック。
(し、死ぬ!)
 トラックが、突如制御不能になり、暴走を開始したに違いない。
 空月さんのものとは思えぬ奇声も、パニックに陥ったためだろう。
 まるでワープのように正面ビルへ急接近。
 もうダメだ、粉雪が目を瞑った瞬間、今度は体が激しく右へ引っ張られた。
 な、なに!?
 シートベルトは、横への衝撃には強くない。粉雪の体はベルトから抜けそうになった。
 粉雪の肩を抑えてくれたのは、空月さんだった。車は急ターンして、なんとか道路に乗っている。乗っているだけでなく、勢いのついたジェットコースターの
ように加速している。
 車線左側を走っていた普通車五台を、あっという間にゴボウ抜き。
「そ、空月さん、故障ですか?」
 なんとか姿勢を立て直し、運転席の空月さんを見て絶句した。
 あの温和な、誰もが心の警戒を解いてしまう優しい空月さんの目が吊り上り、光を放たんばかりにランランと輝いている。
 別人? 誰かと入れ替わった?
 粉雪は本気でそう思った。
「しっかりつかまってて、粉雪ちゃん」
 前方を睨み付けたまま、空月さんが粉雪に注意する。いつもより高い声だが、たしかに空月さんだ。
 フイに、今度は体が左側に振られた。前方を走っていたワゴン車を交わすべく、なんの合図も無しに、いきなり車線変更したからだ。
 父や、明星さんの運転とは違う。空月さんのハンドル捌きは、まるでゲームセンターのレーシングゲームのように軽々としたものだ。
 運転席のパネルに目をやると、速度計の針は、すでにマックス百六十キロを振り切っていた。交通量の多い国道なのに。
 障害物競走でもするかのように、自由自在に車と車の間をすり抜けていく空月さん。
 粉雪は左手はフックを、右手はシートベルトをしっかり握り締めた。
 恐ろしさのあまり、「スピードを落として」と言う声も出ない。
 しかし、ようやく車がストップするタイミングがやってきた。
 だいぶ前方の青信号が、点滅を始めたのだ。
 間もなく黄色に変わり、そして赤になるだろう。
 いかな暴走する空月さんでも、赤信号では止まらざるを得まい。
 信号が黄色になった。
 前を走っていた車三台が、減速を始める。
 だが、空月さんは止まらなかった!
 右側の右折車線が空いているのを見つけると、さらにアクセルを踏み込んだのだ!
「空月さん、赤、赤ー! キャー!」
 粉雪は悲鳴をあげた。
 信号はもう完全に赤に変わっていた。しかし、委細構わず特攻。右折車線から交差点中央に侵入し、そのまま直進してしまった。
 唸り続けるエンジン音に、いつどこへ衝突するかもしれない恐怖。
 意識が遠のきかけた粉雪の耳に聞こえてきたのは、ハンドルを握り締め、獲物を狙う鷹のような視線で前方を凝視する、空月さんの呟きだった。
「……黄色は急げ。赤は三秒までオッケー……」
(そんなわけ、ないだろ)
 心の中でツッコミを入れながら、粉雪は意識を失ったのだった。