株式会社美少女組!

1、芸能オフィスへアタック
 応対に出てきた受付嬢のあまりの美人っぷりに、正直、粉雪はビビッた。
「あ、あのっ、先日、お、お電話、したっ」
 声がうわずる。
 袖の膨らんだ真白いブラウスの受付嬢が、カウンター越しに優雅に頭を下げる。
「お待ちしておりました。田中粉雪さんですね」
「は、はいっ!」
 リラックス、リラックス。心の中で呟く。
「わたくし、当社の事務全般を担当しております空月可奈(そらつきかな)と申します」
 空月、と名乗った受付嬢が優しく笑う。
 夜会巻きに結い上げた髪に、化粧がよく映える瓜実顔。ゆったりしたブラウスがよく似合う。喉元に留められた、濃紫の石が嵌められたブローチは、本物の宝石だろうか?
 ピッタリとしたタイトスカートは、受付嬢の優雅な体のラインをあますところなく、魅力的に見せている。
 芸能事務所ともなると、受付嬢ですらこれほどの美人になるのか。
 芸名のような名前であり、元はこのオフィスに所属するタレントさんだったのかもしれない。
(売れなくて、仕方なく事務をやってるのかも)
 そう考えると、粉雪は気分が沈んだ。
 これほどの美人で売れないのだ。現役のタレントともなると、どれほどの美人、美少女が求められるのか。
 心の中で溜め息をついてしまう。
 美人受付嬢・空月さんの案内に従い、パーテーションで仕切られた応接室らしき一画へと入った。
 向かい合わせに据えられた茶色いソファ。真ん中に足の短いガラステーブルが置かれている。
 促されるまま、手前のソファー中央に腰を下ろす。ソファの肘掛は、古ぼけて色褪せていた。
(芸能オフィスのわりには汚い感じ)
 まあ、それをいうなら、古ぼけているのは応接室だけではなかったのだけど。
 オフィス全体が、灰色のスチール棚や、無機質なネズミ色のデスクばかり。
 芸能事務所っていうと、外国製の原色を大胆に使った輸入家具なんかをアレンジしてるものだと思ってたけど。明るい自然光が、吹き抜けの上階から差し込んでくるとかね。
 イメージとだいぶ違うなあ。
 応接室には窓もない。天井にはむき出しの蛍光灯。テーブルの上にはサラダボウルみたいなガラス細工の灰皿。おまけに灰皿は、揉み潰した吸殻で七割方埋まっちゃっている。
 プロデューサーなどが、ここで打ち合わせしてるのか。
 灰皿から、煙の不快な臭気が漂ってくる。思わず顔をしかめてしまう。 
 ガマン、ガマン。歪んだ顔など見られるわけにはいかない。
 肩から下げていた学校指定のショルダーバッグを開ける。中から取り出したのは、粉雪の履歴書だ。
 株式会社美少女組。
 それが今日、粉雪が面接に来た芸能オフィスの会社名。
 モデル、タレントとしての第一歩を踏み出すべく、勇気を出して面接に来たわけ。
 もちろん準備に抜かりなし。午前中、いつもの美容室とは違う、カットで有名な隣街のヘアサロンまで出かけたきた。パッとしないセミロングの黒髪じゃあね。明るいオレンジ系のカラーにしてもらった。毛先には大きなカール。
 垢抜けた都会の美少女風へ変身し、自分では大いに満足している。
 今のうちに表情もチェック。バッグから手鏡も取り出す。
 今まで多くの異性、同性に褒められてきた大きな瞳は、今日も健在だ。
 クニャリとしたアヒル口も、自分では気に入っている。
 ちょっと不満なのは、やや浅黒い肌色かな。念入りにファンデーションしてきたけれど、雪のように白いとはいかない。
(まあ、健康的ともいえるわけだし)
 肌色に関しては、なんとか自分を納得させる。
 納得できないのは服装だった。
 ソファに腰かけたまま、胸元から足先まで視線を走らせてみる。ざっくりした綿の白い半袖ブラウスに、膝下まで隠す紺のスカート。白いソックスに、なんの飾り気もない黒革靴。
 それが粉雪の通う高校の制服なのである。
 野暮ったい、と溜め息をついてしまう。
 渋谷に出ても通用するお洒落な私服はいくらでも持っているのだ。でも、母に制服を押し付けられた。制服を着ていかないのなら面接不可、とまで。
 まあ、許してくれただけありがたいと思わねば。
(それに)
 背筋を伸ばす。小学校、中学校と、これでもずっと自他共に認める美少女として育ってきたのだ。今年入った高校だって、自分より可愛いと思える先輩や同級生はいなかった。入学初日に、早くも一人の先輩と、二人の同期生に告白された。すべて断ってしまったけれど。
 だって粉雪は、それどころではないのだから。
 地味でつまらない制服だけど、自分の魅力を減らされるとは思わない。
 問題は、これから行われる美少女組の面接官に、粉雪はファッションセンスが無いのではないか、と誤解されることだった。
(私は普段から着る物も、髪型も、体型も、ずっと気を使っているんだから、その辺はしっかりアピールしないと)
 心の中で、拳を握り締めた。

「ごめんなさいね、お待たせして」
 粉雪と向かい合ったソファに、先ほど応対してくれた事務の空月さんが腰かけた。
 面接担当も兼ねているらしい。
 空月さんは、やんわり切り出した。
「誤解のないように、最初に断っておかなければならないけど、あなたのご希望は、私たちでは叶えることはできないの」
 面接も何もあったものではない。審判を受ける心の準備をする間すらなく、あっさりノー。
 頭が真っ白になった。
「落選、不採用ってことですか?」
 呆然となりながらも、意思とは無関係に口が勝手に動く。
「あの、誤解をされると……」
「理由を教えてください」
 空月さんの言葉を遮って、質問を返す。
 自分でも、ちょっとアツくなってきてるのがわかる。
 不採用の理由を知りたい。本来ならスカウトされてもおかしくないはずの、粉雪ほどの美少女を落とすとは、いったいどんな了見なのか。
「容姿がダメですか? 私じゃタレントになれるほどのものはないですか?」
「い、いえ、そういう理由じゃないのよ。あなたはとても可愛いと思うわ」
「じゃあ、年齢ですか? 私は高校一年生で、先月十六歳になったばかりですけど、芸能界じゃ、デビューするにはもう年をとり過ぎてますか?」
 口調が次第に詰問調となってくる。
「ね、年齢はね、問題じゃないわ。むしろ私たちからすれば、ちょっと若過ぎるんじゃないかと思うくらいで……」
 空月さんはたじろいでいるようだった。
「じゃあ、経験が足りないと? すみません、履歴書に書く必要はないかと思い、省かせてもらいましたけど、私はボイストレーニングやダンスレッスンは受けたことありません。志望欄にはずっと芸能界を夢見てたって書きましたけど、ホントは子どもなら誰でも一度は夢見る程度の軽い憧れでした。今日、ここへやって来たのも、本当のところは、学校が夏休みになって時間も空くし、お小遣いは欲しいし休みが明けたらケータイの新機種は欲しいしで、もしこちらの芸能事務所に採用になれば、広告のモデルとかすぐ採用してもらえて、お小遣いになるかも、と思ったからです」
「田中さんは、正直な方ね」
 空月さんはクスリと笑った。駄々をこねる子どもをあやすような、いかにも小バカにされたような笑い方。たかぶった神経が、ますます逆撫でされる。
「でも、みんな最初はそうなんじゃないですか? 最初から高い目標を持って、子どもの頃から地道なトレーニングに励んでる子なんて、そんなにいるんですか? いまデビューして、有名になってるモデルやタレントさんだって、みんな街中でスカウトされたり、何気にオーディションへ応募してブランプリと射止めたりして、そらからプロになるべく努力を始めるんじゃないですか!」
 気が付けば、ソファから腰を浮かせ、上半身を乗り出して空月さんに迫っていた。
「違いますか!」
「そ、そうね。田中さんの仰るとおりだと思うわ」
「でも、それでも私にチャンスは与えてくださらないんですね。プロの目から見て、私になにか決定的に欠けているものありますか?」
 その時、パーテーションの中へ入ってくる人影があった。
「ちょっとごめんなさいよ」
 粉雪の視界に滑り込んできたのは、身長百七十センチ超と思われる、スラリと細身の女性だった。足音を立てない滑らかな足運びが猫みたいだ。
 半袖の白いセーラー服にセーラーカラー。胸元には赤いリボンが結ばれている。膝下まであるスカートは、ほとんど黒に近い濃紺。
 あれは、県内でも指折りの進学校のものだ。
 天然なのかパーマをあてたのか、クセの強い髪をベリーショートにまとめている。敏捷性を感じさせる身のこなしが、強い目の光と相まって、エキゾチックな雰囲気を作り出している。
 肌は、雪のように白い。
(羨ましい……)
 理想的な美しい白い肌だった。
 とにもかくにも、事務所の人間には違いない。挨拶をしなければ。
「こんにちは」
 有名進学校の制服を着た美女は返事もせず、粉雪を一瞥しただけだった。
(感じ悪〜)
 いかにもお高くとまった感じ。
 セーラー服の美女は、軽い身のこなしで空月さんの隣に腰かけた。
 空月さんと、セーラー服の美女。
 どちらも優雅な身のこなしだけど、空月さんがきちんと膝を揃えた落ち着きのある上品さであるのに比べ、セーラー服の美女は、膝は開き気味であるし、ソファに深く胸を逸らして座る様も、ダイナミックなものだった。それでも下品さは感じさせないんだけど。
(それにしても……)
 そりゃ、自分だって、平凡からは抜けた可愛さは持っている、と思っていた。いや、今でも思っている。
 だけど、それはあくまで平均から抜けて可愛い、というものであって。目の前で、大胆に足を広げてソファのもたれる美女は、そもそも平均などとは遠い地点にいた。
(こういう個性的な美しさをもった人が、タレントになれるのかな)
 目の前の美女のようなキャラクターを事務所、美少女組が探しているのなら、自分は採用されなくも仕方ない。
「空ちゃん、面接なの?」
 セーラー服の美女は、空月さんに気軽に尋ねた。
「うん、こちらの子がね。だけど」
 セーラー服の美女は、粉雪をじろりと見た。吊りあがり気味の鋭い瞳は、濡れた宝石のように光が強い。
「悪いけど、一服させてもらうよ。事務所ん中じゃ、ここ以外禁止だからさ」
 セーラー服の美女は、座ったままスカートのポケットをまさぐった。
 缶コーヒーでも飲むのだろうか。オフィス内はお茶禁止?
 セーラー服の美女が取り出したのは、タバコと百円ライターだった。
 タレント、しかも制服を着た女子高生がタバコ!?
 呆気にとられる粉雪を尻目に、美女は猫背になりながら手馴れた仕草でタバコに火をつけた。うまそうに大きく吸い込む。
「セイラちゃん、今日は撮影、どうだった?」
「てこずったけど、なんとか無事に終わったよ」
 うまそう煙を吐き出しながら答える美女・セイラさん。芸名だろうか。
「それは良かったわね」
 オフィスの事務を一手に引き受けているという空月さんは、セイラと呼んだ所属タレントがタバコを吸うのを止めるのはおろか、気に留める素振りも見せない。
「向こうの本社から来たカメラマンが、まだ経験が浅くてさ。何度も取り直しになって、現場の空気はだいぶ悪くなったりしたけどね」
 セイラさんは撮影に行っていたらしい。もしかすると、と思う。セイラさんと呼ばれたタレントは、高校のセーラー服を着てはいるものの、それは撮影に必要なためであって、本当は二十歳を超えているのかも。
 そんな粉雪の推理は、空月さんのひと言で打ち砕かれた。
「セイラちゃん、今日はこれから授業なの?」
 授業?
「まあね。私、高校卒業してもここで働くつもりだから、夏休み中の特別教室は全部断ってるんだけど。でも一応進学高だから、どうしても出なきゃいけない、出ないと単位くれない授業がいくつかあるんだ」
「ちゃんと授業は出なくちゃダメよ。せっかくいい高校に通ってるんだから。うちでの仕事は、セイラちゃんが良ければ、大学に通いながらでもいいんだから」
「ま、それはまた次の機会に話そうよ。ところで」
 セイラさんは三分の一ほどの長さになったタバコを、灰皿に押し付けながら、こちらをじっと見た。
「この子、どうするの? 採用するの?」
 空月さんは首を横に振った。やはり、自分を事務所所属のタレントにしてくれる気はないらしい。
「ま、やめといたほうがいいね」
 二本目のタバコに火をつけながら、セイラさんは無表情に言った。
「なんか、夢見てるだけで、現実見えてなさそうだし」
 ガムの空き袋をゴミ箱へ捨てるかのようなあっさりした物言いに、カチンときた。
 採用しない、とすでに告げられている。
 けど、今日ここへ来るには、それなりの勇気と決断を必要としたわけで。
 それを、子猫を保健所へ連れて行くかのごとく気安く語るとは。
「やめといたほうがいいって、それは私にタレントやめたほうがいいって言ってくれてるんですか。それとも、美少女組の芸能事務所が、私なんかを採用しないほうがいい、って言ってるんですか?」
 語気が荒くなる。セイラさんというタレントはたしかに美人だ。自分のように、平凡の延長線上にある可愛さとは、まったく異質の美しさを持ってる。
 最初見たとき、正直、憧れた。個性の強さも求められる芸能人として、理想の姿のひとつとさえ思った。
 それがなんだ!
 いくら面接に来ただけの人間の前であるにしても、横柄な態度。癇にさわる物言い。それに、高校生でありながら堂々と喫煙。
 どんな清純派ぶってる女の子でも、一皮向けばみな同じ弱さ、醜さを持っていることは分かっている。自分もそうだ。否定はしない。
 でも、相手を傷つけていることに気が付かない鈍感さは、芸能人であるまえに、人として許せなかった。
 嫌でも認めざるを得ない美女だけに、なおさら許せない。可愛さ余って憎さ百倍だ。
 そんな粉雪の怒りの言葉に、反発してくるかと思いきや、セイラさんはキョトンとした表情になった。
 数秒の沈黙のあと、セイラさんは顔をのけぞらせ、腹を抱えて大笑いをはじめた。
「アッハッハッハ、なに、この子? 美少女組に入りたいって、アッハッハ。空ちゃん、なんで言ってないの?」
 目に涙を溜めて、バカ笑いするセイラさん。ついには姿勢を維持できず、隣の空月さんにもたれかかった。
「だからね、私はそれをさっきから言おうとしてるんだけど」
「そりゃ、無理、無理、無理、無理。こんな子が、アッハッハ、うちでなんか続くはずないじゃない」
「続くはずがないって、どういう意味ですか!」
 また食ってかかる。これほど屈辱を感じるのは、生まれて初めてだ。
「どういう意味も、こういう意味もないわ。アッハッハ、言葉のまんまよ。アンタなんかが、うちで仕事できるはずないじゃない、アッハッハ」
 セイラさんはついには呼吸困難に陥り、空月さんのスカートの上に顔を埋めて、苦しそうに体を痙攣させ始めた。
 堪忍袋の尾が切れた。
 目の前のガラステーブルを踏み壊さん勢いで、ソファから立ち上がる。
「私、芸能界の仕事を甘いものだなんて考えてません!」
 怒りのあまり、顔から血の気が引いているのが自分でも分かる。顔を伏せているセイラさんの目を睨みつけることはできないので、空月さんを正面に見据えた。
「見た目は華やかでも、大変な仕事だってことはわかっています。そりゃあ、私はまだ十六才ですし、働いた経験はありません。厳しい仕事が続くかどうか、心配される気持ちもわかります」
「あ、あのね」
 落ち着かせようと両手を広げる空月さん。でも、激昂した気持ちは抑えきれない。ここまできたら、言いたいことを言い切ってしまわぬうちに終わることなどできない。
 採用か、不採用かなんて関係ない。外見ならまだしも、内面を否定されて引っ込んではいられないのだ。
「私、小学五年生の時は図書委員でした。毎朝、人より二十分早く学校に着て、朝刊を閲覧用のバインダーに挟むんです。仕事自体は大変なことはなかったですけど、人より二十分、それも毎日となると、だんだんだれて嫌になってくるんです。学生にとって、朝の五分はとても大事ですからね。三人いた図書委員は、最初の一ヶ月を過ぎる頃には、もう朝早く来るのは私だけになってました。図書室担当の先生は、私ももうじき来なくなると思ってました。そしたら、自分が早起きしなけりゃいけないなあって。でも私はけっして休むことも、遅れることも、サボることもしませんでした。そりゃあもう、一日だって。学期間をやり通して、先生は『田中さんはとても立派です』って、終業式の日、体育館で皆の前で褒めてくれました。あの時の頑張りは今でも忘れてませんし、私の心の支えにもなってます」
「そ、それは立派なことね、田中さん、でもね」
 続けようとした空月さんを、手で制す。
「『でも』も『しか』もありません。私は仕事がツライからって、絶対に途中で投げ出したり、逃げ出したりすることはありません。私の容姿が悪いから、不採用にされるのは結構です。でも、内面までバカにされたままじゃ、ひっこんでいられないんです」
 背筋を伸ばして、胸を張った。言うだけは言った。後は野となれ山となれ、だ。
 セイラさんはまだクスクスと笑いながらも、空月さんから体を離して上体を起こした。涙で充血した目をこちらに向ける。
「わかった、わかった。アンタがすぐカッとなって、回りが見えなくなる強情っぱりってことはね。ついでにいうと、注意力も足りないのかしら。でもね」
「でも、なんですか!?」
 立ち上がったまま、ふたたびけんか腰で迫る。
「でも、やっぱりアンタじゃ勤まんないわ。一日、いや半日でも私と同じ仕事ができたら、そうね、私、アナタが見事芸能界デビューした暁には、一生衣装持ちとして無料で働いてあげる」
「まだバカにしてるんですね。わかりました、じゃあ」
「ストップ、ストップ!」
 口ゲンカを続けようとしたところへ、空月さんが立ち上がって割って入ってきた。
「落ち着いてちょうだい、田中さん。それにセイラちゃん、あなたもわかってるくせに、これ以上からかわないでちょうだい」
 セイラさんに釘を刺すと、空月さんは粉雪の正面を向いた。
「田中さん、あなた誤解してらっしゃるわ。うちは、株式会社美少女組は、芸能事務所じゃないの」
「へ!?」
 間の抜けた声だ、と自分でも思った。
 その時、事務所のガラス扉が、外から勢いよく開かれた。続いてワイワイガヤガヤと人波が踊りこんでくる音が聞こえる。
「ただいまー」
 五、六人ほどの、少女たちの集団のようだった。
「おかえりなさい」
 応接室の中から、空月さんが声をかける。粉雪も、パーテーションの隙間から、少女たちの様子を覗いてみた。
 少女たちは全員で五人。みな、それぞれに可愛い。贔屓目に見ても、その可愛さは自分と互角、冷静に言えば、たぶん自分の負けだろう。
 可愛さの判定に十人十色の基準があろうと、それでも動かすことのできない基準はあるものだ。
 目が、もどってきた少女たちに釘付けになった。美少女レベルが高いため、だけではない。
 注意をひくものは、彼女らのファッションだった。
 奇抜、じゃあない。彼女らが着ている服は、粉雪は見たことがある。
 少女たちは、揃いのベストを着ていた。お腹の横と胸部にペンをさせるポケットの付いた実用的な、カーキ色の味も素っ気もないベスト。
 ベストの下は、白いタートルネックやボタンダウンシャツなど、色も形もバラバラ。共通してるのは、どれも襟元がきっちり締められ、長袖である、という点か。
 中でも特に目を引いたのは、下半身のファッションだった。
 色は小豆色や紺色と様々だが、共通するデザインのパンツを履いているのだ。
 腰から太ももにかけてが、風船のように大きく膨らんでいる。余った布が、きっちりと締められたふくらはぎ部分に垂れてしまっているほどだ。足元は全員、黒い皮製のゴツゴツしたブーツ。
 彼女らの履いているパンツ、いや、ズボンを街中、それも近づくことが敬遠される建設現場で見たことがある。
 建設系の肉体労働者、御用達のユニフォーム。たしか、ニッカボッカとか言ったか。
 そんな、男専用と言える作業ズボンを、見目麗しき美少女たちが履いている。それも全員で。
 冗談で履いているんじゃないことは分かった。
 ニッカボッカに限らず、彼女らの着ている服は、あちこちに泥がハネている。腰から下げている、どこぞやの商店名の入った白いタオルも、さんざん使ったのか、薄茶色に汚れていた。
 彼女らのベストの胸部分には『(株)美少女組』と白い糸で縫い取りがされている。
「あのね」
 空月さんが、静かに口を開いた。
「うちは芸能事務所じゃないの。建物の施工や土木工事を行う建設会社なのよ」
 全身から力が抜けて、粉雪は糸の切れた人形のように生命感なくソファの上に座り込んだのだった。