ピカリンの株式投資的ツインテール

3、ツインテールにオールイン
 翌朝、ピカリンは神棚の下に、美少女イラストが描かれた日本酒を二本並べた。宮形の前にはエビっ子の大好物メロンアイスをお供えする。
 まもなく、神棚から白い煙が現れ、いつもの制服を来たエビっ子が姿を実体化させた。
 しぶしぶといった表情で、ピカリンと目を合わせようとしない。
 昨日、何度も貧乏神と非難されたわだかまりは、解消されていないようだ。
 ピカリンは頭を下げた。
「貧乏神なんて言って悪かった。株式投資が上手いのはオマエで、下手なのは俺だった。本当に悪かった、ごめん」
 エビっ子は無言である。
「お詫びにオマエの好きな清酒『美少女』を、朝から酒屋の主人を叩き起こして買ってきたんだ。メロンアイスも」
「アイスは後で食う。冷凍庫に入れといてくれ。日本酒は」
 エビっ子は清酒美少女に目をやり、ゴクリと唾を飲み込んで続けた。
「飲む前に、おぬしに言うことがある」
 ピカリンは心臓がドキリと脈打った。暴言にガマンが出来なくなり、出て行くというのだろうか?
 いや、出て行くと言われて、特別困る理由はない、はず、なのだが……。
「わしは福の神ではない」
 エビっ子が口にした言葉は、意表をつくものだった。
「えっ? じゃあ」
 貧乏神? という言葉が喉まで出かかり、慌てて口をつぐむ。
 幸い、エビっ子はピカリンの慌てぶりに気付くことなく、伏し目がちにつづけた。
「おぬしが、そのう、昨日の過ちを素直に悔いて、謝罪するから、そのう、わしも素直に言おう。わしは金儲けの神ではあるのじゃが、そのう、わしを信じるものを儲けさせたがほとんどないんじゃ。だから、そのう、結果として……」
 柄にもなくモジモジするエビっ子。
「だから、そのう、一般的にはそのう、あれじゃ、おぬしが昨日言うとおりのあれじゃ……」
「信じる者を儲けさせれば福の神、損させたら貧乏神ってわけか」
 ピカリンはスパッと言った。エビっ子は小さく頷いた。
「信者を大人数、大きく儲けさせれば、後世に名を残す福の神として讃えられる。逆に失敗すれば、名もなき貧乏神として、人間に石もて追われる。それが、わしら金儲けの神なんじゃ」
「神様の世界ってのも、運用で利益を出せば億のボーナスが出て、損失を出せばクビになる機関投資家のファンドマネージャーみたいなんだな」
「そうじゃな。だからわしは、そのう、おぬしのためにも、そしてわしのためにも、いつも儲けてもらいたいと思っておるのじゃ。本当じゃぞ」
 ピカリンは、エビっ子の肩に手を置いた。
「これまでの人間はどうか知らないが、俺はオマエに儲けさせてもらってる。それは動かしようのない事実だ。俺は、オマエを福の神だと信じるよ。だからさ、もう日にちもない。オマエの推薦する株で、一千万円を目指したいと思う」
「そ、それは構わぬが、その前に」
「なんだ、まだあんのか」
「わしを信じてくれるというおぬしに損はさせたくないし、おぬしのおばさんにも幸せになってもらいたい。これはわしの本心じゃ。だから、おぬしが間違いなく儲ける、もっと手っ取り早い手段がある」
「な、なんだ、それ?」
 ピカリンは思わず色めきたった。
「わしの神棚、いや、宮形だけでよい、を燃やせ。そうすれば、わしはこの世から消えてなくなる」
「な、なんだって?」
 絶句するピカリンを尻目に、エビっ子は続けた。
「おぬしの金運は強い。だからこそ、元手を増やせた。わしが多少増やしたと言ったが、それは偶然に過ぎん。名のある福の神なら、かなりの未来を見通せるが、わしには一秒先もわからん。人間と変わらんのじゃ。おぬしの金運を、わしが足を引っ張っておるのは間違いない。だから、燃やすんじゃ」
「なんだ、そうなのか」
 ピカリンはそう言うと、椅子を神棚の下に持っていった。一度も動かしたことのない宮形を手に取ると、ホコリが舞い上がった。
「できれば、わしのおらぬところで燃やしてほしい」
 エビっ子は俯いたままそう言った。
「バーカ」
 ピカリンは椅子から降りると、タオルを手に取った。くすんだ宮形を乾拭きする。それだけで、ホコリが取れてずいぶんキレイになった。
「言ったろ。俺はオマエを信じてるって。信じてる神様を消してどうする。さあ、そんなバカなこと言ってないで、さっさと投資する銘柄を決めようぜ」
 ピカリンはニヤリと笑ってみせた。
「昨日はツインテール、叩いてすまなかったな」
「あ、いや。気付いておったのか」
「あの時は頭に血がのぼってしまってたけどな」
 ピカリンは手を伸ばし、青いリボンで結んだエビっ子のツインテールをそっと持ち上げた。
「俺は銘柄に賭けるんじゃない。このツインテールに賭けるんだ。お互い、ギブアップするにはまだ早い。頑張ろうぜ」
 エビっ子も、今日神棚から出てきて以来、初めてニッコリと笑みを浮かべたのだった。



 エビっ子が決めたのは、「内臓を売って金を返せ!」で悪名を馳せた消費者金融、株式会社『チョコレート』だった。



** 現役AV女優・松島アンジー、夜の株式秘密テクニック **
わたし、昨日チョコレート食べちゃった。チョコって言っても大麻のことじゃないわよ。あまーい普通のチョコレート。とはいっても、精力剤入りのヤツなんだけど。おかげで昨夜は大ハッスル。すっごい満足しちゃった。というわけで、今日のアンジーのオススメ銘柄は『チョコレート』。ちょっと可愛い名前よね。株価も十八円とすっごい安いの。板チョコよりもずっと安いわ。思いっきり買えちゃう。でも精力剤入りのチョコレートは食べ過ぎちゃダメよ。夜眠れなくなっちゃうから。どうしてもって時は、私の作品を見てハッスルして頂戴ね。



「どう考えてもこのAV女優・松島アンジーってやつは、株をまったく勉強してないな」
 ピカリンは溜め息をついた。
「理屈っぽいこと書いたところで、当たるとは限るまい」
「そりゃそうだがな。エビっ子、おまえ、このチョコレートって会社、知ってるのか?」
「いや、まったく知らん」
「こないだ、オマエがすすめたアメ車の輸入代理店『TZRホールディングス』が、買った直後に監理ポストに入って、株価一円になったことは覚えてるよな」
 エビっ子が頷く。
「で、このチョコレートって会社だがな、もう監理ポストに入ってるんだ」
「ほう。ということは、どういうことじゃ?」
「三ヶ月前、債務が焦げ付いて、民事再生法が適用。実質的に倒産しちまってるんだ」
 エビっ子が眉をしかめた。
「もう融資はしてなくて、残った債権の回収だけをしてる、黄昏の会社なんだよ」
「ふむう、じゃあ、いくらなんでも買うのは無謀じゃろうのう」
「たしかにな。買うとすれば、それこそ貧乏神だけさ」
 エビっ子はうなだれた。
「だが!」
 ピカリンは胸を張った。
「おもしろい。買おう!」
「な、何でじゃ。すでに倒産しとる会社など」
 不思議そうな顔をするエビっ子。
「TZRホールディングスが、監理ポストに入って、株価一円になってるのは今言ったな」
「うむ」
「で、同じく監理ポスト入りしてるチョコレートは、株価十八円だ。トヨサン自動車なんかの大企業と較べりゃ廃品同然の値段だけど、TZRに較べりゃずいぶん高い。なぜだと思う?」
 エビっ子は金髪ツインテールを揺らし、首を横に振った。
 ピカリンは頷いて続けた。
「会社再生の道筋がついて、監理ポスト抜けの情報があるからさ。監理ポストに落ちた時は、やっぱり一円になったけど、それからずっとジワジワ上がり続けてるんだ。期待値ってやつだな」
「も、もし監理ポストを抜けたら、どれくらい上がるんじゃ?」
「業績の良かった頃は二千円を付けてた銘柄だ。監理ポストを抜ければ、発表当日のストップ高は間違いない。そして、うーん、そうだな、最終的に二百円は付けると思う」
「おお、十八円が二百円に! とすると、一千万円を得るためには、どれくらい買えばいいんじゃ?」
「ちょっと待て」
 ピカリンはメモ用紙と電卓を引き寄せた。
「いま一株十八円の株。購入単位は千株だから、ひとつ買うごとに一万八千円が必要になる」
「ふむ」
「十八円が二百円になれば、すなわち二十万円だ」
「ふむふむ」
「一千万円になるには、二十万円が五十単位必要。すなわち、チョコレートの株が五十単位必要ってことだ」
「そうじゃの」
「で、いま株価十八円のチョコレート株を五十単位買うとなると、必要な資金は……」
 ピカリンは素早く電卓を叩いた。
「一万八千円かける五十で、九十万円だ!」
「おお、ピカリンの資金は百万円弱じゃ。いけるの!」
「いける、いけるぞ! よーし、手持ちの主要株は手放して九十万円作る。それでチョコレートを全力買いだ!」
「おお、そうじゃの、全力買いじゃ!」
「エイ・エイ・オー!」
 ピカリンは右拳を天井に突き上げた。
「エイエイオー!」
 エビっ子も、金髪ツインテールを揺らして、ピカリンに続いたのだった。

 その日の真夜中。
 暗がりの中、パイプベッドへ横になったピカリンは、囁くように言った。
「なあ、一千万円できたら、おばさん、受け取ってくれるかな」
「おぬし。まだ起きとったのか」
 頭上の神棚から、エビっ子の声だけが返ってくる。
「ピカリンはほんと、おばさんっ子じゃの。マザコンの親戚版か。女のモテるタイプではないぞ」
「ふん、うるせえ」
「しかし、ま、ただで学校通わせてもらい、ただで良い服を着て、ただで飯を食っても、それでも親を恨んで殺すことは珍しくはない。おぬしは変わっておるのかもしれんの」
「いいや、俺だって変わってるわけじゃないさ」
 ピカリンは大きく息を吐き、つづけた。
「十歳くらいの頃かな。親がいなかったせいだと思う。俺はいじけてしまって、鬱憤を晴らすように毎日毎日悪いことばかりしてた」
「ほう、悪いこととは、なんじゃ? ピンポンダッシュとか、そういうやつか」
「そんな可愛いもんじゃねえさ。スーパーでお菓子を盗んだり、書店でマンガを万引きしたりとか、そういうやつだ。他人のお尻のポケットから財布を抜き取ったこともある」
「そりゃまた可愛げのないいたずらじゃな。いや、犯罪か」
「まあな。何度も捕まって、警察に突き出された。そのたびに、おばさんが俺を引き取るため、謝りに来るんだ。俺が盗んだ商品分のお金をもって、コメツキバッタみたいに頭を下げてな」
「ふーむ、いまのおぬしからはあまり想像できんな」
「学校も持て余しててな。でも、俺は自分が悪いとは思わなかった。おばさんに悪いとも思わなかった。なんにも考えてなかったのさ。ただ気分が悪い。だからどこに当たろうと、自分の勝手だろうってな」
「ま、子どもとは本来そのようなものじゃろうしの」
「で、習慣みたいに警察のやっかいになって帰ってきたある日、おばさんが竹刀を買っきたんだ。青い顔して、体を震わせてな」
「ふむ」
「俺はビビッた。とうとうおばさんの堪忍袋の緒が切れて、あれで俺を叩きのめすんだと思った」
「怖かったじゃろ?」
「ああ。でも、同時にホッとした、というか舐めた部分もあった。包丁ならともかく、竹刀なんかじゃ、いくら叩かれても死ぬわけじゃない。何発か叩かれたところで、いつものように軽く目に涙を浮かべて、改心したふりをすれば、またすぐ許してくれるだろうってな」
「で、その竹刀で徹底的に性根を叩き直され、従順になった今のおぬしがあるというわけか」
「結果はともかく、おばさんは俺を竹刀で叩きのめしたわけじゃない。逆さ」
「逆?」
「ああ、おばさんは部屋の真ん中に正座すると、突っ立ってる俺に竹刀を渡してこう言ったんだ。『子は親の背中を見て育つ。光琳が悪いことばかりするのは、親である私が悪いせいだ。これから、光琳が悪いこととするたびに、私は罰を受けることにする。その竹刀で、自分を十回叩け』ってな」
「ほう、で叩いたのか、おぬし?」
「手クセの悪いことはやってたが、叩いたり殴ったりの悪さはしたことがなかった。棒で人をぶつなんて、考えただけでも恐ろしかった。でも、いつもの長い説教なしに、竹刀でおばさんを叩くだけで許してくれるんなら、軽いもんだと思った。俺は、竹刀でおばさんの肩を叩いた」
「ほんっとに悪いガキじゃのー。性根が腐っとるの」
 ピカリンは苦笑した。
「俺は竹刀で、正座してるおばさんの両肩を交互に叩いた。座禅で、坊さんが棒で肩を叩くやつがあるだろ。あれと同じ感じだ。で、十回叩いたんだが、おばさん、立たないんだ、口も開かない。青い顔で、目を瞑ったまま正座したままでさ」
「ショックだったんじゃろう。まさか本当に自分を叩くとは思わずに」
「ま、それもあるんだろうけどな。俺は『おばさん、もう十回叩いたよ』って言ったんだ。そしたらおばさんはこう言った。俺を見据えてな。あんな怖いおばさんの顔、初めてだった。『こんなのは叩いたうちに入らない。力いっぱい叩け。それが十回終わるまで、この罰は終わらない』ってな」
 エビっ子は無言だった。
「それから何度かおばさんを打ったけど、全然カウントしてくれないんだ。で、とうとう『早くしろ!』って怒鳴られて、俺は拍子に思い切り竹刀をおばさんの背中に振り下ろした。悲鳴をあげて、おばさんは床に突っ伏した。『……一回。さあ、あと九回』おばさんは歯を食いしばりながらそう言って、正座の姿勢に戻った。今でも覚えてるよ。おばさんの体を思い切り打った、竹刀の柄の感触を」
 ピカリンは、暗闇の中、間の前に両手をかざした。
「で、残りもおばさんを打ったのか?」
「そこが限界だった。俺は体中の水分が抜けたんじゃないかと思うくらい涙を流して、畳をビショビショにして、おばさんにすがりついてた。何年かぶりに、おばさんの布団で一緒に寝て、気が付いたら朝だった」
「で、今はおばさん子というわけか」
「ふん、つまんねーこと話したな。寝るぞ」
 ピカリンはタオルケットを引き上げ、顔を隠した。暗闇でどうせ見えはしないとわかっていたが、目頭が熱くなり、涙が頬を伝っていたのだ。
「勝手なやつじゃな。自分から話しておいて。おばさん、幸せになるとよいの」
「ああ、そうだな」